コーチング資格について想うこと

カテゴリ:コーチング関連コラム

 

以前コーチ資格を持っていましたが
思うことがあり
10年前更新をせずに手放しました。

20代のころは資格は人々が信頼をよせてくれるための大事なリソースの一つでした。 

それから年月が過ぎコーチと名のつく資格が、爆発的に増えました。
一日、二日で取得できる資格もあると聞きます。

今となっては同業者であっても資格名で経験値や技術レベルは識別困難です。
資格とは
「ある一定レベルの技術や価値を提供できる人」

ということが明確にわかるためのもののはず。
しかし種類が増えすぎた今本来の役割を果たせていない。

 

この明確さと曖昧さのはざまで、「一体…資格とはなんなんだ…」

 

とてもモヤモヤするのです。

 

そんな社会になっていても、信頼のおけるものもたくさんあります。
業界で最もよく知られたものが「国際コーチ連盟」の発行する資格です。

 

国際基準で認められたコーチ教育を受けていてセッション実績もあり適切なメンターもいることがわかる
世界共通のコーチ資格なのです。

周囲からたびたびここの資格を勧めてられるのですが
高いハードルがあるのです。

受験資格の一つの条件であるセッション時間数。

合計100時間だったり750時間だったり、マスタークラスだと2500時間になります。

 

その「足・し・算」が

 

私に立ちはだかる壁なのです。
皆、何年もかけて750、2500を目指します。
各々合計時間を把握するためのシステムを構築しているのでしょう。

 

そのシステムを構築すること
そして記録を書きとめることは私には退屈でしかない。

 

仕組み作る時間あったら他の仕事するよ。
クライアントさんに連絡、コラム、事務仕事、書類整理すること山盛りやし
と違う方向に情熱が傾いていく。

そして国際資格取得という、そもそもの目的を見失っていきます。

 

これまで何度か記録を取ってみようと義務感でやってみた経験はあります。

しかし、記録し忘れるし、持続しませんでした。
何に書いたかもわからなくなる始末。
前年度の手帳に書きとめていたのにきづいたら手帳捨てている!

 

 

…このままでは受験しては、セッション時間を詐称してしまいかねない(笑)

 

 

そんなコーチでいいわけがない!

というわけで資格なし。
多くの方が資格を持ったコーチを好むのは事実です。

 

「そういう価値観も突破するだけの技術を備えるわ。」

 

そう決めたのが10年前。

 

技術に対する情熱。

資格を頼れないというプレッシャーという名の緊張感。

記録と足し算から解放された爽快感。
こうして手にしたものとともに歩む方が自分の性に合っている。

このことに気がついたのは、しばらく経ってからのことでした。

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